May 13, 2009
鍵交換の防犯対策とコスト
ニュースなどで強盗などを見ると防犯対策の重要性を感じます。防犯マンの検討の部分はキーが重要だと考えています。鍵の種類も豊富で、キーの交換をすることが防犯になると思います。古い鍵などで簡単に開いてしまう構造の鍵もあるので、一度検討して鍵の交換などを検討するといいと思います。普段よりも防犯意識を持つことも重要です。4年ほど前に私の部屋のガラス窓が割れてしまいました。さらに、壊れてしまったのが夜のより冬でしたので、その日は本当に寒かったのを今でも鮮明に覚えています。そして翌日近くのガラス修理をする場合が見つかったので、すぐに窓ガラスの修理をお願いしました。作業はありますが、30分ほどで驚くほど早かったです。今後ももし何かガラスの修理を頼むときは、ここにお願いしようと思っていました。
「人生の幸福は“鈍感さ”で決まる。この世は鋭い人間ほど不幸を味わうようにできている。だから幸せになりたかったら鋭い人間にならないことだ」と悪神は耳元でささやく……。
悪神のささやき(その1)
「人生の幸福なんてもんは“鈍感さ”で決まるのさ。この世は鋭い人間ほど不幸を味わうようにできているだろう。だから、幸せになりたかったら、ゆめゆめ鋭い人間にならないことだね。幸福は絶対量じゃなく、充足度だからさ。高いものを求めれば求めるほど、現実との差で苦しみが増す。10の者が、殊勝にも100を求めるところから不幸は始まるんだ。10の者が、6か7で満足していれば、それはもう幸福そのものさ。野心にしても、向上心にしても、ホドホドに留めておくのが賢い生き方ってもんだ」
アリやミツバチ、そして人間の社会には「2:8(ニ・ハチ)の法則」なるものがあって、真面目に働く者が2割、テキトーに働く者が8割で社会が回っていくらしい。ちなみに、アリの巣から2割の働きアリを取り除くとどうなるか? すると不思議なことに、真面目な働きアリが2割現れて巣全体が存続していくという。
……じゃあ、いつまでもしぶとく、テキトー組に居座っていたほうがラクに生きられる。そう考えたくもなる。
確かに、会社組織を見渡してみても、問題意識が鋭敏で仕事ができる人間にはどんどん仕事が集まってくる。そのため、仕事で身体を壊すのは決まって鋭敏なできる社員だ。会社のテキトー族が過労で倒れることなど聞いたことがない。
組織内でヘタに向上意欲を持ち、「成長だ」「変革だ」などと責任感を背負って頑張るより、叱られない程度・クビにならない程度に鈍くテキトーに立ち回る側にいたほうが、シアワセなサラリーマンライフを送れる──これが組織の中の処世術なのかもしれない。
“テキトー”という言葉が悪ければ、“ホドホド(程々)”という表現でもいいのだが、いずれにせよ「ホドホドは身を助ける」という生き方が勝利を得ている現象を私たちは少なからず目にする(ホドホドにどっぷり浸かっている人間からはこの状況があまりよく見えないだろうが)。
「2:8の法則」の“2”の方に回る生き方か、“8”の方に回る生き方か。「鋭く・上を目指して」の行動を起こすのか、「鈍く・テキトーに」の行動で流すのか。私たちひとりひとりは、心の内で常にその綱引きをしながら一瞬一瞬、1日1日、1年1年を生きている。そして、10年、20年という時間単位を経て、各々の人生コース・生き方の模様は独自のものとして固まっていく。
悪神のささやき(その2)
「ほう、ホドホドの生き方じゃ駄目だってことかい。しかし、“もっともっと”っていうお盛んな欲を持った人間が成果を1人占めしようとして、世の中の差別と蔑みを生んでるんじゃないのかい。いったいぜんたい、お前さんは「2:8」の“2”の人間が、富の8割を押さえている世の中をどう思う? 我々は今こそ古人の言葉に耳を傾けるときではないのかね。──“足るを知れ”と」
●欲望の底にある心持ちが大事
正義を行いたいとする欲望は、いつしか独善を強いる欲望へと変わる時がある。愛したいという気持ちは、知らぬ間に憎んでやるという気持ちへ変じる可能性がある。「お金をもっと稼ぎたい」という欲求が健全に仕事と生活を進める場合もあれば、それで身を持ち崩す場合もある。
自分に湧いてくる欲望に「善」「悪」のラベルが付いているわけではない。また、どこまでが「OK」で、どこを超えると「OKでない」かの線引きがあるわけでもない。
だから、人間の欲望は促進すべきなのか、それとも抑制すべきなのか。これは簡単に答えを出せる問題ではない。欲望には「陽の面」と「陰の面」があって、人間を育てもするし、惑わしもする。社会を進歩させもするし、混乱させもするのだ。
大事なことは、欲望の底にある心持ちがどうであるかだ。もし、その欲望が、自分だけに閉じた(つまり小我的)感情で、ほかと不調和的な心持ちから起こっているなら、「陰の面」が出てしまうだろう。こんな時は他人をかえりみず「欲を貪(むさぼ)る」、もっと成長できるにもかかわらず「欲を怠(おこた)る」という状態が起こる。
逆に、その欲望が社会に開いた(つまり大我的)意志で、ほかと調和的な心持ちから起こっているなら、「陽の面」が出るだろう。その時は健全に「欲を制する」、自分の可能性を縦横無尽に伸ばせるよう「欲を開く」という状態になる。
ここでの悪神のささやきにはトリックがある。悪神は「足るを知る」という玉条をもって、欲をすべてひと絡げにして“ホドホドにせよ”と耳打ちする。富の偏りを挙げて、欲の強さを一緒くたに金欲に結びつける。
私たちが自身に求めるべきは、欲を押し並べて“ホドホド”にすることではない。その欲を自己以外に開いていくことだ。そうすれば自然と大きな知恵が湧いてきて、貪欲でいい時と、抑制すべき時の見境がきっちりできるようになる。賢く強く生きるために、私たちは己の欲望の主人になることだ。(村山昇)
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